2017年06月06日

東洋医学とは

東洋医学は文字通り東洋の医学ですが、イメージ的には、東洋の中でも地域でいえば極東を言います。
中国で起源とする医学で、東洋のその他の地域の医学とは異なります。

日本では、東洋医学というと、経穴を刺激する鍼灸と漢方薬を使用する漢方医学を合わせたものの意味で使っています。
漢方とは、中国の漢民族から伝わったものを日本独自にアレンジしたものです。
posted by ビン at 17:19| 東洋医学 | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

西洋医学に負けた東洋医学

江戸時代の医学といえば漢方でした。
幕末にオランダから西洋医学が入ってきましたが、殿様が病気になったときは漢方医が診察します。
漢方医学が伝統医学といわれていました。

ところが、明治維新の頃から西洋医学が主流になって東洋医学は省みられなくなりました。
西洋医学が脚光を浴びるようになった原因は二つあります。

ひとつは戦争が盛んになって怪我をする人が増えたということです。
西洋医学は人間の精神は診ずに肉体だけを見ます。
そのために外科が発達することになります。
東洋医学は本人の治癒力を利用することが多いのですが、西洋医学は物理的な治療をします。
戦争で怪我をした人は、東洋医学よりも直接手術で身体を治す西洋医学のほうに頼ることになります。
また、その頃にウイルスが発見されて、ウイルスが原因となる病気の治療法が飛躍的に進歩しました。
伝染病の治療も西洋医学に頼ることになります。

東洋医学が得意とするのは、頭痛・腰痛等の痛みです。

これらによって、人々は西洋医学に頼り、その反動で漢方は廃れていったのです。
posted by ビン at 13:55| 東洋医学と西洋医学 | 更新情報をチェックする

2014年08月07日

漢方か蘭学か

日本は古来から東洋医学の国ですね。
幕末になってから、ヨーロッパの文化が入ってきました。
西洋の新しい学問を学ぶのは蘭塾という場所で蘭学となりました。
その頃はオランダがいち早く日本に入ってきたからですね。
当時の日本にとってオランダというのは最新の国だったようですね。
しかし、実際にはオランダが特に進んでいたわけではなかったんですね。
だいぶ後になってからそのことに気がつきます。

幕末のさらに末期から明治になる頃には、イギリスやフランスやドイツがだいぶ日本に食い込んできていました。
どちらかといえば、イギリスとフランスから軍事を学んだようです。
そして散々勉強した蘭学ですが、明治になって西洋医学を本格的に取り入れるときには、何とドイツ式の医学を取り入れることになりました。
この辺の良く分かりません。
posted by ビン at 22:01| 東洋医学 | 更新情報をチェックする

2013年12月03日

少林寺拳法

少林寺拳法も東洋の神秘のひとつといえないこともありません。
少林寺拳法の剛法(突きや蹴り)は、相手の経穴を狙います。
例えばあばら骨を狙って怪我をさせることは出来るかもしれませんが、それよりもみぞおち(水月という経穴)を狙えば、相手の闘争心を奪って戦いを終わらせることが出来ます。
相手も自分も傷つかずに戦いを終わらせることが出来ます。
一般的に経穴というのは突かれると非常に痛いです。
posted by ビン at 00:33| 東洋医学 | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

東洋の神秘

東洋にはいろいろな知恵があります。
東洋医学はその代表ではないでしょうか。
西洋の医学は死んだ人の身体を解剖してその基礎を作りました。
人の身体のつくりを研究したわけです。
ですから、骨格や血管や神経などの物理的な研究となったわけですね。

それに対して東洋医学のほうは、生きている人を研究対象としました。
つまり経穴(つぼ)や経絡(つぼの道)の研究ですね。
つぼというのは目に見えるものではありません。
今流行の足ツボも、どこを刺激するとどういう変化があるかを生きている人間を対象として研究した結果です。
死んだ人を解剖してもつぼを見つけることは出来ません。

似たようなものに、虚と実があります。
人間には充実している瞬間と緩む瞬間があります。
それが虚と実です。
例えば発熱したから対処しようとしても、その時のその人の状態が「虚」なのか「実」なのかによって対象方が左右されると言うことです。

これを利用しているのが漢方薬です。
posted by ビン at 23:32| 東洋医学 | 更新情報をチェックする